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【神奈川】K邸「植栽土木」造成工事

昨年の西日本豪雨被災地の現場、そして福島県三春「福聚寺」、宮城県「仙台秀明」の工事を経て、矢野さんは「植栽土木」というキイワードに逢着したようだった。先の二つは現在もメンテナンス継続中だが、どちらも大変に困難な現場であり、それだけに見えてきたものも大きい。

現代のコンクリート土木は地中の空気と水の流れを遮断してしまう。そのために周囲の環境を悪化させる。一見強固に見えるコンクリート擁壁やU字溝、三面張りはメンテフリーで便利なものだが、周囲にたちまちグライ土壌を作り、植物を疲弊させる。植物がいなくなれば地面は露出し乾燥し、雨のたび泥アクが流れて水環境を汚染し、ついには土木構造物をも破壊する崩れを起こしかねないのである。

 

一方、樹木の根は土留めをしながら地中の空気と水の流れを止めることがない。地中の空気と水の流れがスムーズなら、その木自体も他の植物もよく育つ。よく育つとは、それぞれがぐんぐん大きくなることではない。お互いに「棲み分け」しながら、風通しの良いままコンパクトに共存していくということである。

その対極がいわゆる「ヤブ化」だが、コンクリート構造物やアスファルト道路に満ちた場に暮らす私たち現代人は、実はこのヤブ化した自然を、疲弊した樹木の姿を、知らず知らずいつも見ているということになる。

「植栽土木」はその解決策の決定打である。コンクリートの代わりに、多用するのは木杭であり、自然石であり、そして樹木だ。木杭? そんな頼りないもので? と、誰しも思うが、土に打ち込まれた木杭の強度はバカにならない。しかも、適度な強さで打たれた木杭は空気や水を遮断しない。これは木の根に見立てることもできる。「土木」という言葉の通りコンクリートのない時代は「木」を多用していたのである。

 

K邸の出現は、「植栽土木」のアイデアが結実し始めた矢野さんにとって絶妙のタイミングだったろう。敷地は葉山の別荘地にある30度はあろうかという傾斜地だが、上部には小さな家が1棟建つ程度の平地がある。施主ご夫妻は、この土地を自然度の高い庭と畑として使いたいという希望だった。道路ぎわは低めのコンクリート擁壁で抑えられている。この擁壁の下部に穴を開けて空気通しを作り、敷地の端からZ型の道をつけて要所に植栽を施す。

最初に工事が行われたのは20019.4.14。上の写真はそのときのものだ(レポートは大内正伸のブログ||に書いている)。工事は約2週間に渡って行なわれ、本日5月18日が初めてのメンテナンス作業となる。

土留めには直径10~20㎝の皮付きヒノキ丸太が、そして所々には廃材の枕木が使われて、ボルトや番線などで固定されている。既存の水抜き穴の隣に新たにコア抜きして10㎝の空気孔を開けた。山側の底部は最下部まで掘り出してコルゲート管や炭、有機物などが入れられている。

コア抜きの内部。

道は緩やかにカーブしながら下っている。

コルゲート管が見える。

ボルトは枕木と丸太をつなぐだけでなく、丸太同士の緊結として縦方向にも使われている。

いずれ丸太は20年くらいで腐るが、空気通しがいいと植物の根がそれを補完して、補修の必要はなくなる。私も作業道の取材で経験しているが、山側の垂直切土をスギの根が覆うように伸びるのをよく見たものである。

お隣の敷地は車の駐車スペースのため奥行きをもたせやや高いコンクリート擁壁が作られているが、下部の水抜きから泥アクの水が流れ出ていた。

工事中は周囲の住人からも注目を浴びたそうだ。

道に沿って水道管を埋設したので、やや道の地面が荒れている。水脈の傷ついた部分、最後の仕上げができなかった所などを修復する。

「水道管は中央に埋設してあるが、本当は水脈に沿って浅く埋めるのがいい」と矢野さん。そのほうが機能的だし、立体的な動線を共有することで地面を痛めないで済む。凍結処理をしておけば浅くても三浦半島なら凍結しないだろうと。

中間点でターンする場所。

矢野さんは重機による道作りと骨格的な植栽を終えると、仕上げをスタッフに任せてきた。今日の現場で開口一番「パッと見た感じ杭の数が多すぎる。そして杭を足で踏み叩いてみると硬い。杭はただ打てばいいのではない。土圧の状態に合わせる」と感想を言った。

木杭は、

弱ければ ▶︎ ゆるむ、空気通しすぎる → 崩れる

強ければ ▶︎ 締める、空気通さない → 詰まる

土圧を支える必要があるかないか見極める必要がある。弱くてもダメだが、頑丈に作ればいいというものでもない。強度がありすぎると地中の空気を詰めてしまう。

最上部の踊り場の階段。これも強固に過ぎる。もっと土に埋没するような感じでいい。踊り場はこの道の中で最も優しい落ち着いた場所。傾斜に対して素材が大きすぎる。杭の数を減らして植物の数を増やす。

感覚で解る。違和感がある。感覚を磨くとバランスが解る。

階段を平らにし過ぎている。人寄りの感覚、安全安心になっている。でも自然界はちがう。平らではなく傾斜、角は丸い。そうすることで、空気と水が渦を巻き、縦にも横にも動く。人の意識のなかでは不安定だが、でも自然界ではこれが普通。

自然界では不安定なのが普通なのだ。そうでなければ停止してしまう。部分は不安定だが、トータルの安定で支え合う・・・そういうスクラムが組める感覚として命を分かち合える。すべての生き物がそのリスクを背負っている。

 

そう、人間だけがそこから外れているのだ・・・。だから、これだけ自然を傷めてもその表情の変化に気づけない。三浦半島の海岸線は「白砂青松」(はくさせいしょう)だった。それが(日本全国の傾向だが)、いま砂浜は泥アクで青茶色に汚れてきている。そしてマツが今もずっと枯れ続けている。

命を分かち合う・・・重機での道づくりも同じ。もっと大きな重機を使って安定した道を作ることもできるが、いつ倒れてもおかしくない程度の作り方でないと、この感じは出ない。

道の上にばらまくように転がっている石を三つグワで転がしていき、大きな窪みや土圧がかかるところに、空気や水が通るように組み込んでいく。コルゲート管の傍に移植ゴテで小石を詰め直す。三つグワではできない作業、移植ゴテは台風が石を運ぶ時のような次元のちがうエネルギーを持つ道具と言える。

お隣との境界に作られた階段や土留めの丸太も過度に過ぎるので調整を指示。土留め丸太は1本抜き取られ、階段はリサイズして(今のままでは丸太が太くて長くて近い)杭を減らし、植栽を増やす。たとえば横木を重ねるだけで杭は1本減らせる。そんな工夫も必要。

既存のコンクリート構造物のキワには大きな木を植えるのが理想的。大きな木の根が、地面を支えながら空気を抜く。

石もなければならない。木と土だけでは大雨のとき浮いてしまう。石にはそれを止める重量がある。

こうして皆で三々五々作業に入る。

この工事をきっかけに、近所の方々も興味を持ってくれ、風の草刈りを通して空気を繋いでくれたそうだ。

おかげで周囲の木々も元気を取り戻してきた。

さらに令和に入って新たに「大地の再生 結の杜づくり 湘南」が立ち上げられた。Facebookには工事中の写真が多数アップされているので、ぜひご覧になられることを。

レポート:大内正伸(イラストレーター・作家)

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